大学合唱団の有志らとともに、当時高田馬場に住んでおられた佐々木基之先生のお宅にお邪魔して、「分離唱」の手ほどきを受けたときのことでした。
先生は「騙されたと思ってやってごらんなさい」と、おしゃられてピアノでCEGを鳴らしながら、私たちにE(エー)を発生させます。「聴いて、聴いて」とだけおっしゃられ、回りくどい説明などは一切ありません。続いてCの音、Gの音を出し、CFA、HDGと進み、私たちの声がある程度ひとつに澄んだところを見計らって私たちを三パートに分け、C-E-G、C-F-A、H-D-Gと重ねてみたところ、なんと驚いたことに言葉では言い表せない妙なる響きが出てきたのです。
「美しいハーモニーはどうしたら作られるのだろうか?」と、悶々とした日々を過ごしてきた私にとって、この日の体験はまさに「目(耳)からウロコ」だった。こんなに、即席に美しくハモれるなんて。是非、大学合唱団にこの「分離唱」を指導してもらいたい、と思ったのは当日一緒に佐々木先生のお宅を訪問したメンバーたちの偽らざる気持ちだったのではないかと思います。
「騙されたと思って・・・」と聞いたとき、はじめは「ダメもとでも」くらいな意味かと取っていたのですが、実はとんでもなく大切な意味が込められていたのです。「分離唱」を紹介してくれた合唱団の友人から初めてこの言葉を聞いたときから「分離唱?」と疑問符がつきまとっていたのです。それまでの知識で考えると「ハモるということは、各パートの音が、融合することなのに、『分離』とは一体どういうことなのだろう?」。学生固有の「疑ってかかる」習性で、先生のお宅を訪れたのですが、この時は、もう一つの学生固有の習性「なんでも吸収してやろう」という欲張りの気持ちが強かったのでしょう。「騙される」という言葉には、「詐欺行為に引っかかる」といった被害甚大なものもある一方、「自己」を忘れて相手の主体性を認める、というような極めて人間的な営みを表すこともあると思います。ここでは後者の意味で、「自己主張を捨てて、相手を信じること」がハーモニーを作るために、とても重要なことだということを教えられました。相手を信じ、自分もそれに溶け合って、共通の価値ある世界を開いていく。これが、分離唱の精神ではないかと思うのです。

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