信時潔についてもっといろいろなことを知りたいとネットで検索していたところ、『ラシーヌ便り』№62≪合田泰子のワイン便り:番外編≫(2010.11)というのを見つけました。合田泰子さんは、『ラシーヌ便り』の共著者でおられる塚原正章氏と共に、ワイン輸入業を営みながら、『ラシーヌ便り』のような格調高いエッセーを綴っておられます。ワインと音楽に見られる誤解と不幸というテーマで、実に興味深い文章が書かれていました。私がずっと感じてきた、信時潔にまつわる世間の「誤解と不幸」に対して大きな修正の光を与えてくれるような気がしました。もう既に、書かれている内容についてはご存知の方も多いとは思いますが、是非このブログを読んでくださっている皆様にも紹介したく、以下に一部を引用させていただきたいと思います。

『ワインと音楽は、人類が達成したすばらしい文化の一つであり、誇りであると思います。が、そのどちらも、意図的であるかどうかは別として、今日さまざまなノイズにまみれ本来の姿から遠ざかっているために、純粋にその素晴らしさを味わうことが妨げられていることが多いと感じます。・・・・・』という書き出しを読み、著者はワインのプロですが、私はまさに信時潔のことを言っているように感じました。

合田泰子さんは、国分寺のいずみホールで開かれた「信時潔メモリアルコンサートⅣ」を聴かれ、すばらしいコンサートに感動しすると共に、作品が生まれた時代と作曲者を、新たな視点から見つめる機会を得ることが出来、感銘を受けたということで、多くの人々に紹介したい想いで筆を執られたようです。

コンサートの主催者は、パンフレットの中で「国分寺市は作曲家・信時潔が半生を過ごしたゆかりの地。戦後、様々な思いのなかで演奏する機会が少なかった信時の曲を、純粋な音楽として聴き、魅力を問いかけたい。また、この曲を見つめ直し、平和の尊さを考える機会としたい」と語っているそうです。

コンサートでは、信時潔の音楽の演奏に挟まれて、信時生誕の地、大阪中の島の大阪北教会森田幸男牧師の講演があり、その一部を以下に記します。
『ご次男・次郎さんはこう言っています「運命に流されたようなものだな、と父は繰り返し述懐していました。逆風の中で、「海ゆかば」は歴史の激流中にあった当時の国民感情を、自分は国民の一人として歌っただけだ。」(万葉集巻十八・大友家持言立コトダテによる)「海ゆかば」は、それまでずっと、日本の古典を読み、50歳までの作曲生活研鑽の集約としてできたのでした。国家、帝国葬送の歌、そして多くの民をいたぶった国を預言者的に哀れむ歌、それが「海ゆかば」という歌だったのです。この歌でもって戦地に人をかりたてるというような意図はありませんし、深い思いは微塵もなく、むしろ本心は、国の理想を生かす、国がもう一度本来のあり方にもどるためにいったんこれを葬って再生を願う、しかしそこに多くの犠牲が出たわけです。
(中略)
もしあの時代に「海ゆかば」という歌がなかったならば、日本という国はもっと悲惨であっただろう。どこを向いても慰めになるものがないような状況の中で、あの「海ゆかば」という歌は、本当に人の悲しみにふれ、どうにもならない悲しみを慰める力があった。「海ゆかば」がなければ、もっと悲惨になったと思います。
(以下略)』

森田牧師の講演の紹介に続けて、合田泰子さんは故団伊玖磨の信時潔についての抜粋を添えてあります。これも私は初めて読む文章でとても印象的でした。
「『海ゆかば』は、その雄渾でナイーブな旋律と、荘重な和声が人の心を動かし、戦争中には、『君が代』に次ぐ準国歌としての役割を果たした。どれだけ多くの場所で、どれだけ多くの人にこの歌は歌われただろうか。信時先生は、その性、まことに明治の日本人であった。漢詩や短歌を愛好される東洋的な性格と、ドイツで習得された西洋音楽の伝統への傾倒が、中々一つになれずに、そしてたまさか一つになり得た時に名作が生まれたのだと言える。」
「信時先生は、明治・大正・昭和を孤高に生きられたが、あまたの依頼があったに拘わらず、軍歌を一つも書かれなかった。山田先生がその方向にも稍々協力された事を思うと、信時先生の孤高さは立派である。先生は、若い頃救世軍に身を投じた程の、平和主義者だったのである。『海道東征』も『海ゆかば』も、軍国主義に同調して書かれたものでは無く、日本人としての先生にとっては、真剣に、自然に生まれた作品だったと言える」
「(『海ゆかば』は)作った先生にとっての『海ゆかば』と、世間の『海ゆかば』の受け入れ方、使い方の間に、どうにも仕方の無いギャップがあったように思われてならない。然し、そうした事が戦争なのだと思われなくも無いのである」(團伊玖磨著・岩波文庫『好きな歌・嫌いな歌』より)

戦争経験のない私が云うのもおこがましいのですが、観念的には全く同感です。

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