初めての転職先は、従業員250名ほどの規模で、ある種の半導体製造装置を主に製造販売する会社で、東の大手半導体メーカH社と、西の大手半導体メーカT社にかなりの数の装置を納入している会社で、営業、技術部門もT社、H社それぞれ担当別に分かれた体制で業務を進めており、私は次長の立場ながら、H社を専門に担当することになりました。というのも、T社の場合は、装置メーカと技術折衝をする場は殆ど無いらしく、T社が提示した仕様に合った装置を持ってこい、という感じなので、ユーザーとメーカーとで装置仕様について協議する場はほとんどないため、技術に詳しい責任者がユーザーのところに度々出かける必要がなかったのです。それに対し、H社は装置仕様に細かいところまで突っ込んできて、営業だけでは相手にならないのです。北海道千歳、青森五所川原、茨城ひたちなか、山梨甲府、群馬高崎に半導体量産工場を持つH社の中核となる東京の武蔵工場がすべての工場の技術を取り仕切っており、そこに所属する東大卒の頭の切れる技術者を相手に、細かい技術ディスカッションを重ねるのですから、装置メーカー側としては若い設計者では力不足で、ユーザーの要求を満たすために、営業・製造部門も含めた装置メーカー全体を代表して協議できる立場の人間が求められていたのです。

青森と茨城には、毎月の定例会議の他にも、事あるごとに出かけたので結構な出張回数になりました。青森は飛行機を使いますが、青森空港というのは山の上にあり、天候状況で着陸できないことが度たびあります。青森空港に着陸できず、三沢基地に廻されることもあると聞いていたのですが、或る時は、東京へ引き返すことになり、仕方なく夜行列車に乗り換えて青森へ向かったこともありました。
青森五所川原で困ったのは夕食です。ユーザーの現場で仕事を終え、午後8時も過ぎると、一般の食堂は開いているところはなく、飲み屋を利用するしかありません。風邪をこじらせていた時には、アルコールは避けねばならず、仕方がないので暖簾をくぐり、飲み屋のおかみさんに頼んでアルコール抜きで食事だけ摂らせてもらったことがありました。

北海道千歳工場の技術担当者は、とても人間味のある方でした。もちろん、業務上の打ち合わせでは一切妥協することなく、要求すべきことは要求するといった、筋の通ったやり方なので、気を許すことが出来なかったのですが、ある日仕事が終わった後、自宅に私たちを招いてくれ夕食を振舞ってくれるという、同じ会社の仲間でもなかなかできないサービスをしてくれたのです。北海道ならではの、とても美味しいカニの味が忘れられません。後日、私が止むを得ない事情で退職することになり、他をおいてもこの人には、退職する旨連絡をすべきと考えていたのですが、営業部の責任ある人から、「貴方が辞めることは今後の営業活動への影響が大きいから言わないでくれ」と口止めされました。礼儀としても、辞める時には挨拶すべきことなのですが、大変お世話になった営業責任者の依頼を断ることもできず、しばらく葛藤に悩みましたが、結局ユーザーへの義理を欠くことになってしまいました。(続く)

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