ウィーンの市電を利用してハイリゲンシュタット駅に向かいました。

ハイリゲンシュタットのターミナル

ハイリゲンシュタットのターミナル


ウィーンの市電車内にも赤ちゃん連れや、お年寄りが優先的に座れるような表示が施されていました。
ウィーン市電車内のシルバーシート表示

ウィーン市電車内のシルバーシート表示

ベートーヴェンの家があちこちにあります。ベートーヴェンは’引っ越し魔’と呼ばれるくらい引っ越しを繰返したらしく、それだけベートヴェンハウスとよばれる建物が数多く残っているのですね。

ベートーヴェンの夏の家

ベートーヴェンの夏の家


なかでもハイリゲンシュタットの遺書を書いた家もその一つとして有名ですね。
ハイリゲンシュタットの遺書の家

ハイリゲンシュタットの遺書の家


中は記念館になっていて、彼の胸像が設置された部屋の壁には、第2交響曲の楽譜が掲示されています。
「遺書の家」の内部。 彼の胸像と、その後ろの壁には、交響曲第2番の冒頭の楽譜

「遺書の家」の内部。 彼の胸像と、その後ろの壁には、交響曲第2番の冒頭の楽譜

べートーヴェンが田園交響曲などの曲想を練りながら散歩したといわれている散歩道です。
200年以上の歳月の隔たりがあるとはいえ、この道を、あのベートーヴェンが歩いていたのだなあと思うと、感慨深いものがあるとともに、これまで彼はまったく別世界の人のように思っていたのが、急にその空間的距離が縮まったような気がしました。

ベートーヴェンが曲想を練りながら歩いた散歩道

ベートーヴェンが曲想を練りながら歩いた散歩道

散歩道の途中にも、彼の胸像が置かれています。

散歩道の一角にあるベートーヴェンの胸像

散歩道の一角にあるベートーヴェンの胸像

フォティーフ教会でのモツレクチケットのレシート

フォティーフ教会でのモツレクチケットのレシート


フランツ・ヨゼフ1世暗殺計画の失敗を神に感謝し、弟のフェルディナンド大公が1879年に建立したネオゴシック式のフォティーフ教会
で、いよいよ念願のモーツァルトのレクイエムを聴きます。コンサートホールで聴くよりもかえって宗教曲の雰囲気が味わえるのかもしれないという期待を寄せて会場に向かいました。空調の完備されたコンサートホールと違って、寒い!ご存知のように教会の椅子は固い木製の椅子です。足元に備え付けられた電気ヒーターのおかげで凍えずに全曲聴き終えることが出来ました。
レクイエムプログラム1

レクイエムプログラム1

レクイエムプログラム2

レクイエムプログラム2

レクイエムプログラム3

レクイエムプログラム3

ハイリゲンシュタットでのベートーヴェンに対する想いと同様に、時の流れの隔たりはあるものの、現実にこの場所、この空間の辺りに、これまで遠い別世界にいたモーツァルトが、実際に生活しており、すばらしい音楽を創り、その周りの人々に感動を与えていたのだという事実が、心の中に浮かび上がってきます。

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