35年前の航空機事故で惜しくも命を落とした女流作家、向田邦子さんが残した作品に漂う、彼女の繊細でかつ庶民の人情の機微をよくとらえられる感性によって紡ぎ出された作風をとても気に入っています。彼女の作品の殆どを読みました。かつて、彼女の出身校である実践女子大学の日野キャンパスで開かれたイベントに足を運び、彼女の妹さん、向田和子さんのお話を聞いたこともあります。
先日、書店で見かけた「PHPアーカイブス3月増刊号」(過去に出版された「PHP」の原稿から、選りすぐったものを特集している)に、「向田邦子」の名前を見つけたので、買ってしまいました。P1020486
今回の特集に編まれた原稿は1977年秋季増刊号に掲載されたもので
女を斬るな 狐を斬れ —男のやさしさ考」というタイトルです。P1020485
大正昭和の小説家、劇作家、ジャーナリストであり、文芸春秋社を創設した実業家でもあった菊池寛が書いた短編「狐を斬る」を取り上げ、この短編の中に現れている浪人の仕業のなかに、男のやさしさがにじんでいるように思われる、と彼女がこの作品に惹かれていると書いています。タイトルで示しているのは、この浪人の仕業(と言っても、その短編を読まないと訳が分からないと思うので、かいつまんで書くと、近くの番頭が、この浪人の奥さまと密通していると告げ口された浪人が、山へ行き猟師から獲物の狐を買って帰り、この狐が化けて奥様をたぶらかしたとして成敗する。それを見た番頭は恐れおののいて街を逃げ出し、奥様はまとまった金子を渡され、いとまを取らされる、というものです)ですが、原稿の後半に、たまたま新幹線の座席で隣り合わせになった元横綱朝潮が、大きな体格に押されて小さくなっている彼女を気遣って、体を固くして身をチジコマせていたこと。下車するとき、深々と一礼して行ったことをあげ、「やさしい人だな」と思ったと書いています。その後には、ある冬の日、彼女が大病を患って入院しているときに義理のある人がなくなりその葬式に参列した時、あるプロデューサーが、大病を押して参列している彼女をいたわり、それとなく背中が寄り掛かれる位置に押していき、「寒いから失礼して着ましょうや」といって、自ら先にコートを羽織り、彼女にコートを着せかけてくれたことを書いています。
彼女が嫌いな男のやさしさとして、二つあげています。
ひとつはテクニックだけのやさしさ。もうひとつは、男は口がくさっても”男のやさしさ”についておっしゃらないで下さい。

向田邦子さんの小説や、短編を数多く読んできた私ですが、こうした彼女の”男性観”を読んだのは初めてで新鮮さを感じました。
今回のテーマから脱線しますが、私が彼女の文章に惹かれる点のひとつ、人物描写が面白いこと。初めに菊池寛の短編のことを書きましたが、彼女が四国のとある小学校に通っていた時、その地の出身である菊池寛が小学校に講演で訪れたそうです。そのときの菊池寛を彼女はこう書いています。「ダブダブの背広を着た背の低い、おむすびのような形の頭をした風采の上がらない人でした。」
はて?「おむすびのような形の頭?」何十年も前に見た国語の教科書で見たような気がする菊池寛の姿はうろ覚えでしかありません。図書館に行って調べるまでの事ではないけれど、気になっていたところに、新聞掲載の広告に菊池寛の写真がありました。
ウン、なるほど「おむすびのような形の頭だ」

 

 

 

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