新緑が眼にまぶしくなってきた清里高原の一角にある合宿施設「伊予ロッジ」に、今年も分離唱で耳をひらいた仲間が集まり、高原のさわやかな空気の中で、美しく澄んだハーモニーに浸りながら、日頃味わうことが難しい楽しくこころ満たされるひとときを過ごしてきました。P1020648s

昨年は参加してくれたのですが今年は都合がつかない人が5人いましたが、今年あらたに参加してくれた人が11人もいて、年々参加者が増えていくのがうれしい限りです。準備をはじめ幹事さんの苦労は大変だと思いますが、お陰様で大勢のメンバーが大きな幸せをいただくことができました。大感謝です。

昨年同様、佐々木先生の奥さまと娘さんMWさんにも参加していただき、分離唱をリマインドしていただきました。皆さん、ご健康でこうした集いが長く続けられる幸せを改めてかみしめています。

懇親会場と歌う場所は同じですが、昨年の会場中ホールと違って、より広くて新しい大ホールになりました。ステージの上にグランドピアノがあります。夕食を摂りながらの懇親会の前にMWさんのご指導をお願いして分離唱をおさらいし、ハーモニー感覚を呼び戻しました。続いて、幹事さんが用意してくれた2冊の楽譜アルバムを手に、讃美歌を歌いました。メンバーの中には、様々な事情があってしばらく合唱から遠ざかっていた人もいるようで、始めは「あれ?こんなはずでは」と多少ぎこちないところもありましたが、しばらく歌っていると感覚が蘇ってくるのか、まろやかなハーモニーが会場に響いてくるようになりました。讃美歌の他にも、愛唱曲や山田耕筰の曲なども歌いました。20160614伊予ロッジ2

配膳作業が始まるころになると、邪魔にならないように、外に出て高原の美味しい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、次から次へと歌います。学生時代の合宿感覚を思い出した人が、私をはじめ沢山いたと思います。

懇親会が始まると、最初に佐々木先生の奥様・娘様からお言葉をいただき、続いて例のごとく参加者各自の近況報告に入ります。今年は人数が多くなったので、一人3分以内に制限しても1時間半近くなり、実際にはそれ以上になることを心配し、「昨年話したことは話さないこと」と釘を刺されましたが、「昨年何を話したか忘れちゃった」という人が殆ど。なかには、話が長くなり、会場のあちらこちらからブーイングが出始めても気にも留めずに「オモシロイハナシ」を続ける豪傑もいましたが、和気あいあいと時間が過ぎて行きます。定年を過ぎて、悠々自適生活を送っている人もいれば、職場の責任ある立場で苦労している人、専門職として定年後も仕事を続けている人、役所関係で外部折衝など骨を折っている人、様々な方面で様々な人生を歩んでいる様子を聴かせてもらい沢山元気をもらいました。

あらたまった話がひととおり終わりフリートーキングに、大きな花が咲きました。その中の一つですが、’74卒業の音楽科のメンバーが一人も参加されていないという話から、「最初の年の先生はものすごく怖かったねえ」という話につながりました。ある日の練習で、素晴らしい演奏ができた後に「録音は?」と聞かれて、何らかの事情で録音していなかったことを答えた時にカンカンになって怒られたこともあったそうです。私は、佐々木先生が定期的に甲府までご指導に来られるようになったときにはすでに卒業していたので先生が怒られた姿を目撃していません。こうしたお怒りも年々少なくなっていったらしいのですが、その陰には奥様の並々ならぬお力添えがあったことと想像しています。

会場側で用意された懇親会用料理もかなり量があり、口に入らず卓上に残されるものもある中に、自身で栽培作業に携わっている美味しい葡萄や、各地の銘菓など差し入れを持って来てくれた人もいて、皆さん「満腹」を抱えて寝室に移動です。

朝食は、メインロビーに近い食堂が会場。複数の団体が利用しているため、順番待ち。8時からバイキング形式の朝食を摂りました。ここでも楽しい会話が弾みます。学生時代の合宿で大わらわだった食事当番の思い出など話が尽きません。

宿泊者は朝食が終わったところで解散という運びですが、都合のつく人は、昨年と同様に幹事が手配してくれた韮崎の「珈音」で、美しい音楽を聴きながら美味しいカレーで昼食。ロッジを出て、昼食まで少し時間が出来るので、野辺山の「国立天文台」を見学することになりました。P1020666s

直径10mある6台のパラボラアンテナは役目を終わり現在は稼働していません。直径45mの巨大なパラボラアンテナは稼働中ですが、湿度が高く観測が困難なこの時期は天上を向いた姿勢で休止中だそうです。「雨が溜まったらどうするのかな?」なんて心配する人もいましたね。巨大パラボラアンテナの近くにある「展示室」を見学。室内に並べられたパソコンでクイズに挑戦。10問中7問正解!まずは合格めでたし、めでたし。P1020667s

天文台敷地を出る処に、変わった形の石碑が目に入ったので近づいてみると「野辺山派遣隊之碑 三重海軍航空隊」とあります。背面に刻まれた説明を読むと、終戦直前に開発された「ロケット戦闘機」のパイロット養成機関がこの地に設けられ、三重県から1196人の若者が操縦技術の訓練を行ったとのこと。彼らが出撃する前に終戦となった為、命を落とすことなく社会で活躍することになったそうです。思わぬところで、意外なものを発見。今まで知らなかっただけに、ちょっとショッキングな発見でした。

他にも、この地に来て思いがけない発見をしました。「伊予ロッジ」の入り口近くにあった昭和初期の日本の歩みの一端を象徴するような「清里小学校八ヶ岳分教場」があったことを示す石碑と案内板です。この件については、別稿に書きました。右をクリックしてください。  「清里での拾い物」P1020652s

 

 

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