2016年7月17日の放送は、「水を感じる音楽会」という題名がつけられていました。1995年2月の衆議院本会議で可決され当初7月20日であった「海の日」が、飛び石連休より連続した休日の方がよかろうと2003年に変更されて、現在のように7月の第3月曜日(今年は7月18日)になったそうです。放送日は日曜日なので1日早い17日なのですが、「海の日」にちなんで水をテーマにした音楽の特集としたそうです。

ゲスト演奏者はピアニスト 金子 三勇士(かねこ みゆじ)さん。彼は6歳で単身ハンガリーに渡り、バルトーク音楽小学校から国立リスト音楽院大学の特別才能育成コースに進むという、生粋の本場ヨーロッパの音楽仕込みのアーチストです。彼の風貌をひと目見てわかるように、母親がハンガリーの人で、単身留学といっても、祖父母の家から学校に通っているのですね。20160717B20160717A

オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団、指揮は太田雅音さん。彼は1985年生まれ、3歳よりヴァイオリンをはじめ、21歳で日本センチュリー交響楽団のコンサートマスターに就任するという秀才ですね。現在31歳の若手で、6年前の秋より拠点をドイツに移し、本格的に指揮者に転向し、小澤征爾の指導を受けたり、ドレスデン音楽大学大学院で指揮を学ぶなどしています。

ここ何回か「題名のない音楽会」を見ていると、こういった若手の演奏家をゲストに迎えることが多いですね。こうした人たちを呼ぶことによって、彼らの活躍ぶりを紹介し、若い人を含めて音楽文化を広く大衆に浸透させ、次世代を支える若い芽を育てる狙いも叶えられるだろうし、せこい話ですが、番組制作費用を抑えることにもつながり、一石二鳥の効果があるのだろうと思います。

紹介された「水にちなむ」音楽は、

♪1:「『水上の音楽』より アラ・ホーンパイプ」 G.F.ヘンデル作曲 H.ハーティ編曲

♪2:『ドナウ川のさざ波』 I.イヴァノヴィチ作曲

♪3:『水の戯れ』 M.ラヴェル作曲

♪4:「連作交響詩 わが祖国 第2曲『モルダウ』より」 B.スメタナ作曲

『水上の音楽』といっても、私はこれまで具体的なイメージを持っていなかったのですが、番組の説明を聞いて「ああ、なんと優雅なイギリス帝国の王室の遊びだったことよ」と、その音楽の華やかな響きに納得しました。テムズ川に浮かぶ船の上での国王の川遊びの添え物として、近くに楽員を乗せた船で国王に聴かせるために演奏するため作曲された音楽だそうです。20160717C『ドナウ川のさざ波』は子供の頃によく耳にした曲ですが、最近ではあまり聴かなくなりました。主題の旋律は重く暗い流れを感じさせます。その傍らで楽しく踊る市民、心躍らせる恋人同士の熱い語らいが聞えてくるようですが、それらの営みは「さざ波」であって、その根底に滔々と永遠の流れを続けるドナウの流れを表現した音楽なのかなと想像します。

『水の戯れ』は、私にとってはあまり聴きなれない音楽です。M.ラヴェルといえば『亡き王女のためのパヴァーヌ』『スペイン狂詩曲』などのバレエ音楽や『ボレロ』『ダフニスとクロエ』『夜のガスパール』などのピアノ曲の曲名は出てくるのですが、正直『ボレロ』以外は音楽が頭に浮かんできません。『ボレロ』も知っているのはピアノ曲ではなくて管弦楽曲に編曲して発表されたものです。司会の五嶋龍さんが、『水の戯れ』について、「色彩感覚が豊かで、様々な色彩が感じられますね」と話していたのですが、残念なことに私にはその色彩感覚を感じることができませんでした。どうしたら、音楽と色彩感覚を結び付けることができるのか教えていただきたいものです。教えられるものではなくて、もともと備わっているかどうかだよ、と言われると諦めるしかないですね。

『モルダウ』は、義務教育の音楽授業でも取り上げられており、知らない人はいないと思われます。とても気持ちの良い旋律が頭に定着しています。モルダウ川は、チェコ国内最長の川で、総延長430km。1526年以降オーストリア支配下にあったチェコスロバキア(当時のボヘミア)は、ドイツ語が公用語とされ、チェコ語は話すことさえ禁じられていたそうです。そのため、チェコの象徴の一つでもある「モルダウ(MOLDAU)」はドイツ風の呼び方であって、チェコ語では「ヴルタヴァ(VLTAVA)」というそうです。地図で探すときにはこの名前を知っておかないと見つかりませんね。

作曲者B.スメタナの祖国への愛が込められた『我が祖国』は、民族の独立を目指すチェコの人々の精神的な支えとなり、1946年以降、スメタナの命日にあたる5月12日に開催される「プラハの春音楽祭」では『我が祖国』全6曲の演奏で幕を開けるのが習慣になっているそうです。1874年11月から12月にかけて作曲されていますが、この頃スメタナは聴覚を失いつつあったと言われていますが、作曲活動は続けられ、『我が祖国』の最後第6曲は1879年に完成しています。凄い精神力ですね。当時の聴衆にとって「交響詩」がなじみが薄かったことに配慮して、スメタナは自ら解説を書いて楽曲の意図が理解されるように努めています。サービス精神も大したものです。スメタナは次のように書いています。

「この曲は、ヴルタヴァ川の流れを描写している。ヴルタヴァ川は、Tepla Vltavaと Studena Vltavaと呼ばれる2つの源流から流れ出し、それらが合流し一つの流れとなる。そして森林や牧草地を経て、農夫たちの結婚式の傍を流れる。夜となり、月光の下、水の妖精たちが舞う。岩に潰され廃墟となった気高き城と宮殿の傍を流れ、ヴルタヴァ川は聖ヤン(ヨハネ)の急流(cs)で渦を巻く。そこを抜けると、川幅が広がりながらヴィシェフラドの傍を流れてプラハへと流れる。そして長い流れを経て、最後はラベ川(ドイツ語名エルベ川)へと消えていく。」

ヴィシェフラドは、チェコ建国の女神リプシェの夫であるプシュミスル家の居城であり、『我が祖国』の第1曲「ヴィシュフラド」の主題がここにも登場します。これには、ボヘミアに独立と繁栄の日が来ることを願うスメタナの深い思いを感じずにはいられません。それほどスメタナが愛国心が強い市民であったのか、あるいはオーストリアの支配下に置かれたチェコの市民の生活が悲惨であったのか、この曲の生い立ちを調べてみるほどに興味がそそられてきます。
曲の冒頭で、第1の源流がフルートで表わされます。まだ川の流れと言えるものではなく、地面から湧き出てくる澄みとおった清水のような感覚を覚えます。やがて、第2の源流がクラリネットで表現されてきます。2つの流れが徐々に勢いを増し、やがて、まとまった川となって大地を潤していく様が目に見えるようですね。

この曲の主題がホ短調で示され、終盤には川幅も広がり豊かな流れとなりプラハに流れるころを示すのだと思いますが、一転して明るいト長調のメロディーとなります。MaVlastSmetanaT1

スメタナの解説に示されているように、演奏を聴いているとモルダウの流れに沿ったチェコの人々の暮らしぶりが目に浮かんできます。もう40年以上も前ですが、私が会社勤めを始めたころ、仕事帰りに立川市で開かれた労音のコンサートを聴きに行き、『モルダウ』を聴きました。指揮者の名前は忘れましたが、モルダウの情景が鮮やかに伝わってくる素晴らしい演奏に感動したことが今も忘れられません。

 

 

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