昭和初期には、欧米に比べ大きく遅れを取っていた日本の航空機技術は、三菱航空機(現三菱重工)の堀越二郎氏を中心とする設計チームの活躍と、それを支えた数多くの人々の献身・努力、その裏にあった日本海軍からの破天荒な高度な性能要求、これらが混然となって世界を驚嘆させる飛行機零戦を生み出したことについて、前項で書きました。

敗戦によって、連合軍により暫く封印された日本の航空機技術は、ようやく昭和37年国産旅客機YS-11の初飛行へと漕ぎつけました。昭和40年に就航したのですが、惜しいことに諸般の状況により量産開始後も生産数182機にとどまっています。航空機の開発には莫大な費用を必要とするわけですが、182機では、元が取れるはずが無く360億円の赤字と言われています。プロペラ機の時代において、技術の粋を凝らして開発されたYS-11は、それなりの役目を果たして、2006年に退役しました。

ジェット機の時代になり、2008年、再び国産旅客機の開発がスタートしました。世界のハブ空港を結ぶ長距離ジャンボジェット機を日本がこれから作る意義がありません。開発する飛行機は、今後も年々成長していくと予想される、ハブ空港からローカル空港を結ぶ、座席数100以下のクラスのリージョナルジェット機です。MRJ(Mitsubishi Regional(局地的な) Jet)の開発を進める三菱航空機(三菱重工の子会社)は、向こう20年間で5000機の需要があると見込んでおり、そのうちの1000機を三菱が作っていこうと考えているそうです。

しかしながら、MRJの開発は多難を極め、開発スタートから幾度も予定を延期し、7年後にようやく初飛行を迎えることができたものの、国際的に通用する航空機の安全審査基準が大きな壁となり、開発スタート時に予定した納期が5度も延期されています。現在のところ、公式発表での納期は2020年でのとなっていますが、三菱社内では2019年を目標にしているようです。

初飛行が済んだのに、2020年納期というのはどういうことなのか理解に苦しむところなので、状況をもう少し詳しく調べてみました。

昨年6月19日から、フランス・パリで開かれた世界最大規模の航空ショーに、MRJ飛行試験機の3号機が展示されました。ローンチパートナーとなるANA(全日空)に敬意を表して、機体にはANAの塗装が施されています。

航空ショー展示を終えた3号機は、アメリカのモーゼスレイク(ワシントン)に飛び、飛行試験機1,2,4号機と共に様々な試験を行っているところです。

商用機として世界に通用するためには米連邦航空局(FAA)から型式証明を取る必要があるのです。型式証明を取るための安全審査基準は、審査項目が380ページにも上る膨大なものだそうです。乗客を乗せて空を飛ぶ飛行機が、いかに安全性に対して厳しい審査を課せられているかがわかるような気がします。この審査をこなすために、前に書いた4機の試験機では足りないことが判明したため、5号機も試験に充てることになり、こちらは名古屋で地上試験中です。このことも、納期遅延の理由になっていると書かれているため、5号機は当初顧客へ納める予定だったのかもしれません。現在、三菱重工の手で6号機、7号機、8号機の製造が進められているようです。証明取得作業が遅れているのに対し、量産に向けた準備はほぼ完成しているそうです。量産組立工場は、月産10機の能力を規模を持っているそうで証明取得を待ちかねているようです。

福原営業部長(東大航空工学科出身のエンジニアです)を含め、米国三菱航空機岩佐センター長の講演など活発に行われたPRおよび営業活動により、427機の受注を抱えているそうです。海外のRJの分野には、ブラジル・エンブラエル社、かなだ・ロンバルディア社、その他にもロシア、中国を含め4社がありますが、三菱の最大のライバルであるブラジルのエンブラエル社が先行しており、2016年7月にイギリス・ロンドン近郊で開かれた航空ショーに展示しています。

国産の小型旅客機として、ホンダジェットをご存知の方が多いと思いますが、ホンダジェットは7人乗りで1機約5億円の規模であり、個人の使用するものでありMRJと競合するものではありません。

嘗て世界に誇る翼を持った日本の航空機が、半世紀に及ぶ長い空白期間を経て、再びこの業界に参入するわけで、5度に及ぶ納期変更という苦難の道を歩んできたわけです。日本政府、三菱の関係者が異口同音に述べる「経験不足」が、大きな要因となっていることに疑う余地はなさそうです。

しかし、日本人が持つ緻密さ、勤勉さに支えられたものづくりの卓越性を発揮して、大きく立ち遅れた航空機の世界でも再びトップグループに躍り出ることも夢ではなくなってきたようです。MRJの強みを列記してみると、
◇低燃費—競合他社と比べ、20%以上優れている
◇優れた居住性—他社と比べ、広く静かな快適性
◇ノイズの低さ
◇過去のしがらみなく、すべてに最新技術を採用
などがあげられます。人間にとっても、環境にとっても優しいという大きなアドバンテージを示しています。航空機の運航費用の中で4割を占める燃料費がかからなければ、乗客が負担する航空運賃にもその効果が出ることが期待できるかもしれません。

2020年は、もう目の前です。量産開始までの道筋において弾みがつけば、東京オリンピック・パラリンピックで海外から多くの選手はじめ関係者、観客を迎えるのに、MRJが大きな役割を演じることになるかもしれません。大いに期待したものです。

 

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