2016年3月20日の放送は、先週に引き続いて、日比谷公会堂における大規模改修前の音楽会で、最後の最後になります。

ゲストの指揮者井上道義氏は、ショスタコーヴィチに敬意を表して、ロシアの民族衣装に身を固めて登場、D.ショスタコーヴィチ作曲「ジャズ組曲第2番」ワルツ第2番の演奏で音楽会の幕を切りました。20160320A井上道義氏は一見とっつきにくそうな風貌ですが、中々お茶目なところがありますね。Wikipediaによると、彼は14歳で指揮者を目指し、桐朋学園で斎藤秀雄先生に指揮を学んでいます。私が学生時代に工学部に在籍しながら音楽科の教授にお願いして指揮法を学んだとき、斎藤先生が書かれた「指揮法教程」がテキストでした。彼の指揮を見ると斎藤先生が確立された斎藤メソッドにもとづいたわかりやすいアクションを引き継いでいるように見えます。どちらかと言えば正統派に属する指揮法だと思います。井上道義氏は、幅広いレパートリーを持たれ、積極的に他の指揮者が取り上げない類いの音楽に取り組むというどちらかというと異色の指揮者というように感じられますが、その手法としては正統派のやり方を基本として尊重しておられるようです。
20160320Bこれまであまり馴染みがなかった指揮者ですが、この番組がきっかけになり、いろいろ彼のことを知ると、すごいことをやってこられた指揮者なんだと感心しました。彼の言葉に、「ショスタコーヴィチには勝る現代作曲家はいない」とあり、日比谷公会堂で、ショスタコーヴィチの交響曲全曲演奏会を開くなど、相当熱を入れていられる様子がわかります。彼のオフィシャルHPなどを読ませてもらうと、中々意外な言葉が綴られていて興味深いものがあります。「指揮者になったのは、他にやれることがなくて、消去法で指揮者になった」のだそうですがなんだか信じられない言葉です。

20160320Cロシアの音楽の続きで、M.ムソルグスキーの「蚤の歌」を、中国出身のオペラ歌手ジョン・ハオ(バス)が披露してくれました。この曲の名前は以前から記憶にあったのですが、内容はよく覚えていませんでした。蚤の豪快な笑い声が印象的です。番組ではこの後にショスタコーヴィチ作曲の交響曲第9番第1楽章を聴かせてくれました。私はこれまでショスタコーヴィチの作品にあまり関心がなく、重苦しいイメージの音楽のように勝手なとらえ方をしていましたが、いわゆる『食わず嫌い』をしていたのだと思わされました。この曲は、井上道義氏の解説によると、ロシア帝国の大勝利を祝って、国から依頼されて作曲されたものだそうですが、大勝利を祝う輝かしいイメージではなく、軽快なジャズっぽいイメージがあるということでした。こうした解説を聴きながら聴くのもまた一つの楽しみ方で、新しい世界に触れられる気がします。

最後に、M.ブルッフが作曲した「ヴァイオリン協奏曲第1番」第3楽章を、五嶋龍さんのヴァイオリン独奏で新日本フィルとの共演で聴かせてくれました。この演奏がものすごく感動的でした。演奏前に、五嶋さんが「私のようなものが演奏させてもらうのはおこがましい」と謙遜されていたのですが、その言葉に井上道義氏は、「他に誰ができるんですか」としっかりフォローしていたのがなんとも微笑ましい一コマでした。ブルッフの音楽は、ショスタコーヴィチと同様、私は馴染みがなかったのですが、演奏が始まると「あっ、これ聴いたことがある」。演奏前に、五嶋龍さんがブルッフの音楽を紹介しながら「魂がある」と言っていましたが、まさに「魂がガーンと突き刺さってくる」ような演奏だと感じました。

テレビ画面にアップで映された五嶋さんが魂を込めてヴァイオリンの弓を弾く姿にすごいエネルギーを感じました。ヴァイオリン独奏の、あるパッセージを弾き終えた後も、この曲に込められた魂を表現せざるを得ないと思わせるような彼の力のこもったアクションがとても印象に残りました。余談になりますが、私たちが音楽の授業で「音楽の三要素」は、「リズム」「メロディー」「ハーモニー」と習ってきましたが、確かに「耳」で捉えられるのは、この三つの要素であることには間違いがないのですが、音楽の「感動」を伝える要素として、視覚要素が重要な働きをしているのだと常々思っています。目を閉じて、聴覚に神経を集中させるということも時と場合によっては大切なことだと思いますが、視覚に因ってしか捉えることができない大切なものがあるのだということをあらためて実感しました。
20160320D

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